民法改正後の原状回復義務

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敷金返還請求について裁判で争われ、通常損耗は敷金から差し引かれるものではなく敷金は返還されるべきものという判決がおりてから、判例をベースに運用されてきましたが、はじめて今回の改正民法で、原状回復義務を借主が負わない旨、明文化されました。

原状回復義務とは

そもそも原状回復義務とは、賃貸借物件の明渡し時に住み始めた当時の状態に戻して(原状に回復)返す義務のことです。

平成17年に最高裁で「日常生活で生じる通常損耗(経年劣化)は借主に原状回復の負担義務は生じない」とする判決がでてから、賃貸界隈は騒然としました。

以前より、争点になっていたのですが、
「住み始めた原状」をどの程度まで認めるのか。
借主は、どの程度の責任を負うのかという点です。

クロスの汚れは?
たばこのヤニ汚れは?
カーペットのたばこ痕は?
ペット禁止物件についたペットのキズ

日常生活を行う上で、つく経年劣化は借主負担ではないという認識は以前よりありましたが、

具体的に、どのような損耗を借主が負わなければいけないのか。
また、どのような損耗なら借主は負担しなくてもよいのか。

とった点で争いになることがよくありました。

特約で定めのない部分は、原状回復義務は生じない

今回の改正民法のベースになっているのは、平成17年に出された最高裁の判決です。

日常生活で生じる損傷や経年劣化(時間とともに生じる劣化)は原状回復義務を負わない

という判決です。

もちろん、日常生活の範囲は、どのような使い方をしてもよいというわけではなく、

善管注意義務(善良なる管理者による注意義務)をもって使用していることを前提として使用することは前提です。

賃借人の原状回復義務一覧

瑕疵・劣化 原状回復義務
通常損傷 負わない
経年劣化 負わない
借主の責でない損傷 負わない
借主の責任の損傷 負う
その他 負う

※特約がある場合は例外

平成17年の判決前の考え方

通常の損傷によって生じる損傷だけでなく、価値の減少についても、貸主は賃料下落というリスクもあり貸している上、空室になった部屋の改装費用も貸主が負担しなければならないため、敷金はその中から差し引くのが当然という認識も多かったです。

この判決後、まったく逆になりました。

価値の減少は、賃料に含めているはず。
日常生活でつく汚れや少しの傷みは、貸す時点で想定できる範囲なので賃料に含んでいるはず。

こういう理由で借主が賃料で負担しているものをさらに、敷金から差し引くことで負担させるのは二重取りになる。というようになりました。

改正民法の明文化内容

今回の改正民法では、平成17年の最高裁の判断が、原則的に採用されており、最高裁判決を法律として明文化したといっても過言ではありません。

改正民法は、621条で下記のように規定しています。

「賃借人(借主)は、通常の使用によって生じた損傷や時間が経つことで生じる劣化については原状回復する義務は生じない)」

ただし、最高裁判決では、原則的にその判断を採用するものの

例外として、「特約で定めた場合は例外」ともしていますので契約時、どのような瑕疵や劣化は、借主負担である旨の契約をしている場合は例外として借主の負担になります。

借主負担となる瑕疵

どのような場合に借主が負担しなければいけないのでしょうか?

義務を負う範囲が賃貸借契約時に具体的に明示されていた場合

借主が契約時に、具体的な義務の範囲について認識したうえで契約を締結したと見做されます。

納得している上で、瑕疵をつけたわけですから、原状に回復する必要があると、
裁判所も認めているわけです。

では、具体的ではない場合はどうなるのか?

「借主は目的物を原状回復して返還する義務を負う」
「借主は経年劣化についても原状回復義務を負う」

というように、具体的ではない特約を定められている場合は、借主が義務を負うことはありません。

理由は、どの範囲でどの程度の損傷でどの程度の負担を負わなければいけないのか。
という負担を事前に想定できない。という点です。

最高裁判決でも抽象的な特約は無効であるとされているため、今後の改正民法後も同じく抽象的な特約は無効であるとされる可能性は高いでしょう。

貸主にとって、この原状回復義務を借主に負わせたい場合
具体的かつ明確に細かく範囲などの明示をしておく必要があります。

例えば

  • エアコン、冷蔵庫の黒ずみ、日焼け、電気やけ
  • 居間や洋間の絨毯上に置く家具の凹み
  • 畳の日焼け、カーテンの日焼け変色
  • お風呂や水回りなどのカビ汚れ

などの具体的な明示を契約時に特約として交わすか、リストにして明示するかしておけば
借主は原状回復義務が生じることになります。

通常損傷を超える損傷

当たり前ですが、非常識な損傷や、
通常の損傷を超える損傷は借主が負担するものとしています。

借主負担と貸主負担一覧

特約を定めていない場合に、借主負担になるもの、貸主負担になるものの参考例を一覧にしました。必ずしもこうなるというわけではありませんのでご注意ください。

鍵・設備関係

鍵の取り替え 貸主
鍵の紛失による交換 借主
設備の故障・寿命 貸主
設備の不適切な手入れによる毀損 借主
風呂の取替 貸主
浴槽の交換 貸主
風呂・浴槽の水垢・カビ 借主
消毒 貸主
トイレクリーニング 貸主
トイレのつまり 借主

建具など

ふすまの変色 貸主
ふすまの破れ・毀損 借主
天井の照明器具の痕 借主
結露を放置したカビ・シミ 借主
タバコのヤニ汚れ・臭い 借主
くぎ穴・ネジ穴 借主
画鋲、ピン程度の小孔 貸主
畳の表替え 貸主
網戸の張替え 貸主
地震等で破損した窓ガラス 貸主
ガスコンロの油汚れ・煤 借主
換気扇の油汚れ・スス汚れ 借主
ペットによるキズ、臭い 借主
床や壁の落書き 借主
故意の毀損 借主
引っ越しの際のキズ 借主
冷蔵庫下のサビ、腐り 借主
家具の凹み 貸主
畳の変色 貸主
フローリングの色落ち 貸主
雨が入ったことによるシミ 借主
飲み物のシミ 借主
テレビ裏の電気汚れ 貸主
クロスの変色 貸主
エアコンのビス穴 貸主
クーラーの水漏れシミ 借主
水漏れを放置したが故の腐食 借主
エアコンの内部洗浄 貸主
ハウスクリーニング 借主

※大阪府の原状回復パンフレット参考

原状回復の基本的な考え方まとめ

  • 日常生活で生じる通常損耗の復旧は、貸主負担
  • 入居期間中の修繕は貸主負担
  • 通常損耗を超えるものは借主負担
  • 特約があれば借主負担にもなる。
  • 特約を定める場合は、借主にもわかるよう明示する
  • 特約があっても借主が一方的に不利な特約は無効