イソジン騒動と「ろばを売りに行く親子」

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こんにちは、ハピネスブログ管理人のひでやんです。

イソップ童話に、「ろばを売りに行く親子」という物語があります。

その話を通じて、先日、大阪府知事の発言から起きたイソジン騒動について
考察をしてみたいと思います。

「ろばを売りに行く親子」という物語のあらすじは、

ロバを飼っていた父親と息子が、そのロバを売りに行くため、市場へ出かけた。2人でロバを引いて歩いていると、それを見た人が言う、「せっかくロバを連れているのに、乗りもせずに歩いているなんてもったいないことだ」。と言われ
なるほどと思い、父親は息子をロバに乗せる。

しばらく行くと別の人がこれを見て、「元気な若者が楽をして親を歩かせるなんて、ひどいじゃないか」と言うので、なるほどと、今度は父親がロバにまたがり、息子が引いて歩いた。また別の者が見て、「自分だけ楽をして子供を歩かせるとは、悪い親だ。いっしょにロバに乗ればいいだろう」と言った。それはそうだと、2人でロバに乗って行く。

するとまた、「2人も乗るなんて、重くてロバがかわいそうだ。もっと楽にしてやればどうか」と言う者がいる。それではと、父親と息子は、こうすれば楽になるだろうと、ちょうど狩りの獲物を運ぶように、1本の棒にロバの両足をくくりつけて吊り上げ、2人で担いで歩く。

しかし、不自然な姿勢を嫌がったロバが暴れだした。不運にもそこは橋の上であった。暴れたロバは川に落ちて流されて死んでしまった

というものです。

要約すれば、「周囲の意見に流されること」の愚かさを説いています。

情報過多が不安を助長する

情報の選択肢が多ければ多いほどよいとされている風潮がありますが
実は、情報の選択肢は少ないほうが人は選びやすいのです。

なぜなら、選択肢が多ければ、人は選ぶことができないからです。

選ぶ際、結局、周囲の意見に流されることが多くなります。

例えば、食事をする際に、インターネットが普及する以前は
タウンページのような電話帳でお店を探したり、近隣のお店
もしくは繁華街などで探していましたが、

インターネット普及後、クーポンサイトやグルメサイトで
検索して飲食店を探せるようになりました。

しかし、探せるお店が増えたことで何を基準に選べばよいのかわからなくなり
結果的に口コミサイトが普及し始めました。

多くの人は、口コミの★の数が多いほど、美味しいお店であると錯覚し
食べてもいないのに、すでに満足してしまうという心理状態になります。

原因は、与えられる情報量の多さによって情報の全体を解釈することができなくなって
複雑に思考することで混乱し、結果的に決定に至るプロセスが稚拙にになってしまうことにあります。

アビリーンのパラドックス

これは、ひとりであれば、まだ決断しやすいのですが、
3人以上の集団になればさらにあるパラドックスに陥ります。

Aさんは、実は、焼き肉店に行きたいがいいだせなかった。
Bさんは、別にどこでもよかったがファミレスなら誰もが食べれそうだからと提案した。
Cさんは、大衆店は嫌だが、ファミレスという意見に誰もが反対しなかったので、賛同し
結局、誰も行きたくもないファミレスに行くことになる。

というようなパラドックスです。

人間は、孤立することの恐怖から、周囲を観察して、意見に同調しようとします。

大人数になればなるほど、ひとは自分の意見を表面には出せなくなります。
結果的に、意見はまとまらず、

とはいえ、自分の意見をもつことは勇気のいることです。

「選んだお店が美味しくなかったらどうしよう。」
「失敗したらどうしよう」
「やっぱりあっちのお店にすればよかっただろうか」

選択肢が増えれば増えるほど、悩みがつきることがありません。

判断力が欠如する原因

今年2月ごろからはじまったコロナ騒動ですが

マスク、アルコール除菌だけでなく、アオサや納豆など科学的根拠が乏しいあらゆるものが
「コロナに効果がある」とメディアで紹介されるたび店頭から品切れるという異常な状態がつづいています。

このようなことは昔からあります。

バナナダイエット、酵素ジュース、コラーゲンなど、実際に効果が科学的に証明されていないものであっても、「効く」という情報が入れば、右往左往して情報に踊らされています。

では、なぜ情報に踊らされてしまうのでしょうか?

理由は、「なぜか」という問いがそこにないからです。

「テレビの有名人が言ったから」
「東大の教授が言っていた」

というのは、何の根拠にもなりませんし、判断材料にもなりえないはずです。

ですが、人は「効果がある」と判断してしまうのは、

なぜ効果があるのか、本当に効果があるのか。
何と比べてそう言えるのか

という情報のもととなる数字を見ないことがすべての原因です。

愚鈍な政治家を生むのは常に愚かな大衆である

イソジン騒動も、少し前に起きたマスク騒動も、アルコール消毒液の騒動もすべて根源は同じで、「何も考えずに情報に錯綜されている」ことが原因で起きています。

そもそも新型コロナが何なのかもわかっていないし、ワクチンなどもできない状態にも関わらずヨードなんとかといううがい薬を使えば、コロナに効果があるというのはどうして言えるのか。それ以外に選択肢はないのか。

マスクをすることでコロナ予防になるという過った情報が拡散され、マスクは店頭から品切れてしまい、国をあげてマスクを配る事態にまで発展しました。

ということがないままに、発信された情報をそのまま鵜呑みにしてしまうということが起きてしまった結果がイソジン騒動であり、マスク騒動でもあります。

ロバの上に若者が乗るべきだと言われれば、若者が乗り
年寄りが乗るべきだと言われれば、年寄が乗る
最終的にロバをつるしてしまったことで、ロバは流され死んでしまう。

人の意見に流されなければ、大切なロバが死んでしまうこともなかったのです。

判断力が不十分な民衆が、詭弁に誘導され、自らが考えることなく、その誘導された詭弁を
さも正当なものであるかのように吹聴し、拡散する。

そのうち、その意見は大多数の意見となり、正しいかどうかよりも、
大多数の意見であることが正義となり、合意にいたり、誰もが望んでいないのに
誰もが望んでいない結果にたどり着いてしまうことになる。

自分に軸をもつ

コロナ禍の中、数々の日々流れてくる情報をみるにつけ不安が募ります。

そんな中でも、自分の中に軸をもつことで

流れてくる情報を精査し、それが自分にとってどういう情報なのかを
選ぶ訓練をつづけることで、いずれ、自分にとって正しい選択ができる「軸」ができます。

その軸は、大多数の人にとって正しい選択ではないかもしれないけれども

自分にとってぶれない軸をもつことで、生きていくことが少し楽になり、
ロバを死なせるような愚鈍なことを避ける生き方ができます。